見た目はしっかり年相応なのに、精神年齢が成長しない理由

12月に49歳になります。あと1年で50歳の大台に乗るわけです。

ふと気がつくと、見た目は年相応と自覚するようになってしまいました。鏡に映る姿、ガラスに映る姿、スマホの画面に映る顔。どこかしらに映る自分の姿をみると、反射的に背筋を伸ばしアゴをクイッとあげてしまいます。(二重アゴが見苦しいから)

もちろん、周囲は「若く見える」と言ってくれます。きっと、同年代だったら、みんなそう言われているんじゃないかな?でもそれは、社会人のマナー的な発言。自分が二十代の時に30代後半以降の方に年齢を聞いた時は「若く見えますね」と必ず言ってましたから。

大多数のアラフィフはそれを分かってるんだけど、たまに分かってない人がいるんですよね。無邪気にヒラヒラしたミニスカートを着る女性や、マッチングアプリのプロフィール欄に「周囲から若く見られます」と書いちゃう人とか。そういう人をみると、なぜかこちらが恥ずかしくなる。

もう少し見た目の老けっぷりに関して書かせてもらうと、40代後半になると一気にくるんですよ。すごい勢いでみんな老けていきます。老化のジェットコースター。同年代の同僚・友人と会って「あんなに、若く見えてたのに。誰でも歳をとるもんだな」と時間の恐ろしさを痛感します。

でもね、だからといって、自分に手を抜くと、更に劣化が進んでしまうから絶対やっちゃダメなのが難しいところ。この年齢で、年齢以上に老けて見られたらお婆さんです。お婆さんですよ。お婆さんなんです。もう、まったく笑えない。

 

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んで、問題なのは精神年齢。

自分で言うのはなんだけど、わたしは収入が多いおひとりさまの部類です。正社員でずっと働いているので、同年代の男性と同程度。それで全てお給料は自分で自分の好きなように使ってるわけ。

おかげさまで、子育て世代にも、介護世代にも「時間が自由に使えてうらやましい」と言われます。でもね、そう言われて嬉しさや優越感を感じることはありません

それと引き換えに精神的に成長する機会を失くしているし、人と人・家族同士の絆なんてものも失くしています。

結婚して子供がいるとか、親の介護をしているとか、そんな人生の苦労を味わってこそ初めて精神的に成長する機会が得られるんですよ。仕事ではお金という対価があるけど、そういうのって何も対価がありませんから。自分を殺して誰かのために時間や体力、気力を使うって本当に凄いことです。

なんかね、悲しいですよ。見た目ガッツリ年相応なのに、精神的には成長してない自覚があるって。だからといって、今から誰かのために生きる勇気もないんだけど。苦笑

贅沢な悩みですね。

とりあえず、頑張ろう。

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