【アラフィフの悩み】中高年は自分の心に役割を求めるようになる

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45歳過ぎた頃から、これからの自分は幸せか、楽しいか、充実しているのか、なんてことを考えるようになりました。

もちろん、今まで全く考えてこなかったわけじゃないありませんよ。今までは、たぶん、ほぼ、というか全面的に他人を基準にして今の自分がどうかを考えてました。

「他の家はちゃんと両親揃ってる(のに、わたしはろくでもない母親で嫌だった)」

「友達の家の旦那さんは、ちゃんと働いてる(けど、うちの(元)旦那は転職してばかりでちゃらんぽらんのアホ)」

「他の部署は定時で帰れるらしい。(でも、私は毎日残業生活)」

と、こんな感じ。なんて、ヒガミ根性に溢れてるんでしょう!笑

今となっては、他人と自分を比較しても意味ないって知ってるんで、これっぽっちも考えもないです。

で、人生50年近くが経って考えるようになってきたのは、他人と比べてどうかじゃなくて、「自分がどうありたいか」です

 

 

特別なことは何もない私の人生。旦那もいない、子供もいない、特技もない、趣味もない、このまま終わるのか?本当にこのまま終わって幸せかな?って。

他人が宝くじ当てようが、宇宙旅行行こうが、そんなことちっとも気にならず、「今後自分がどうありたいか」が気になる。地下鉄の電車がどうやって埋まったのか気になって眠れないほどではないけど。(ヒント『春日三球・照代』)

ほんとに、漠然としたふわっとした悩みで、よく若い子が「自分探し」って言うけど、それと似てるようで似てないんだな、これが。苦笑

 

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で、ここ数年、どうしてそんなこと思うのか不思議だったんだけど、最近読み始めた「長生きにこだわらない(矢作直樹著)」という本を読んで、一気に「そういうことか!」と腑に落ちたんです。

誰にでも、社会での役割というのがあります。
役割には二通りあります。

・仕組みの中で「求められる」役割
・自分の心に「求める」役割

会社などの団体に所属していると、組織という仕組みの中で役割を「求められ」ますが、年齢や経験とともに、役割は自ら「求めるもの」へと変わります

引用元:長生きにこだわらない(矢作直樹著)

「あー!そうだったのか」って感じ。すーっと腑に落ちましたよ。そうそう、私って役割を求めてたんだ!

例えるなら、「痩せててひょろっと背が高くてメガネが似合う俳優さん誰だっけ?ほらほら、『探偵が早すぎる』に出てた人。・・・ん〜と、ん〜と、分かった!滝藤賢一だぁ〜っ!」みたいな?

「誰でもこう考えるようになるもんなんだ」と思えるようになったら、なぜかそれだけで一気に楽になるもんなんですね。赤信号、みんなで渡れば怖くない。中高年、みんなで悩めば悩みじゃない?笑

人生100年時代なんだから、ゆっくり考えるとしましょう。

 

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